名古屋フィルハーモニー交響楽団の第546回定期演奏会〈愛と死のドラマ〉、プッチーニの歌劇『トスカ』(全3幕・演奏会形式)の音響設計と録音をフルハウスが担当しました。
『トスカ』は、楽譜そのものに「大砲」と「教会の鐘」が楽器として書き込まれている作品です。
しかも鐘については、鳴る場所の遠近まで指定されています。
今回ご依頼いただいたのは、その音をサンプリングで用意し、ホールの12箇所以上から鳴らし分け、公演を2系統で録音してCDに仕上げるところまで。
「録る」だけでなく、音が鳴る空間そのものを設計する仕事でした。
まずは当日の舞台裏をまとめた短い動画をご覧ください。

第546回定期演奏会
〈愛と死のドラマ〉
2026.6.12 (金) 18:45 / 13 (土) 16:00
愛知県芸術劇場コンサートホール
プログラム
プッチーニ:歌劇『トスカ』〔全3幕・演奏会形式〕
※演奏予定時間 約2時間45分(休憩2回含む)/日本語字幕付
出演
沼尻竜典(指揮)
佐藤康子(ソプラノ/トスカ)
シュテファン・ポップ(テノール/カヴァラドッシ)
上江隼人(バリトン/スカルピア)
妻屋秀和(バス/アンジェロッティ)
澤武紀行(テノール/スポレッタ)
市川敏雅(バリトン/シャルローネ)
晴雅彦(バリトン/堂守)
宮下嘉彦(バリトン/看守)
木村優里(ソプラノ/羊飼い)
ふれあいFanFun合唱団(合唱)
名古屋少年少女合唱団(児童合唱)
山本友重(コンサートマスター/名フィル特別客演コンサートマスター)
楽譜に「大砲」と「教会の鐘」が書かれている
『トスカ』の舞台は19世紀初頭のローマです。処刑の合図の大砲、街の教会から響く鐘——物語の要所で「音」そのものが劇を動かします。
そのためプッチーニは、スコア(総譜)の楽器編成表に大砲(Cannone)と教会の鐘(Campane della chiesa)を「楽器」として書き込んでいます。大砲には「舞台裏で」という指定まで添えられています。

とりわけ難しいのが第3幕の夜明けの場面です。処刑を前にした静かな明け方、街じゅうの教会の鐘が四方から鳴り響きます。
プッチーニはこの鐘を、ただ鳴らすのではなく「vicino(近く)」「lontano(遠く)」と、鳴る場所まで書き分けています。さらに「meno lontano(それほど遠くない)」といった中間の指定もあり、求められているのは近い・遠いの二択ではなく、その間にある複数の距離感です。

つまり作曲家は、劇場という空間の中で「音がどこから、どのくらいの距離で聞こえるか」まで含めて書いている。
これをコンサートホールでどう再現するかが、今回の音響設計の出発点になりました。
ご依頼の内容:12箇所以上から鳴らし分けたい
名古屋フィルハーモニー交響楽団からいただいたご相談は、「大砲と教会の鐘のサンプリング音を、複数の場所から鳴らしたい」というものでした。
当初は、パッド型の電子楽器(面を叩くと音が出るタイプ)を用意すれば足りるだろうと考えていました。ところが、ご希望を詳しくうかがっていくと、音を出したい場所が12箇所以上に分かれることがわかります。こうなると市販の電子楽器では対応できません。鳴らし分けたい出力の数が、楽器側の想定を超えてしまうためです。
あわせて「舞台裏の、遠くから鳴っている感じにしたい」というご要望もいただきました。楽譜の「近く/遠く」を、音量だけでなく物理的なスピーカーの位置で作る——ここから機材構成の検討に入りました。
サンプリング音源をつくる
本物の大砲をホールで鳴らすことはできませんし、巨大な教会の鐘を何台も持ち込むこともできません。そこで大砲と鐘の音は、サンプリング素材をもとにフルハウスで作り込み、DTM用の楽器システムを会場に持ち込んで再生する形をとりました。
サンプリングは、実際の音を録音して鍵盤で鳴らせる「楽器」にする手法です。今回は鐘と大砲のサンプル音をサンプラーに読み込み、楽譜が指定する音の高さどおりに鳴らせるよう1音ずつ割り当てています。

いちばん時間をかけたのは、音源そのものを探す工程でした。ひとくちに「教会の鐘」と言っても、響きは鐘の種類によって大きく異なります。プッチーニはこの鐘を、当時ローマの街に鳴っていた実際の鐘を参考に書いたとも言われています。それならばできるだけその世界観に近い響きを選びたい、と考えました。
用意したのは1種類ではありません。種類の違う鐘を複数そろえています。四方に点在する街の教会の鐘が、どれも同じ音色というのは不自然だからです。違う鐘が、違う場所から、違う距離感で鳴る。それを重ねることで、客席では夜明けのローマの街なかに佇んでいるような響きが生まれます。
音の高さの指定は、楽団からいただいた手書きの指示書をもとにしました。鍵盤の図に大砲と鐘の音名が幕ごとに書き込まれ、「基本は楽譜の実音、例外は★で注記」といった細かい指定まで入っています。こうした資料をいただけると、音づくりの精度が上がります。

設計:Logic Pro と MTRX Studio でマルチ出力を組む
12箇所以上への鳴らし分けは、MacBook+Logic Proに、オーディオインターフェースとしてAvid MTRX Studioを組み合わせる構成で実現しました。いずれも「独立した音の出口(マルチ出力)」に強い機材です。
- Logic Proの標準Samplerは、オーディオインターフェースが許す限り、鍵盤のキーごとに別々のチャンネルへ出力できる(=大砲・鐘を音の高さごとに別の出口へ分けられる)
- MTRX Studioはアナログ16チャンネル。さらにDante(LANケーブルで多チャンネルの音声を送るデジタル伝送規格)を併用すれば、64チャンネルのマルチアウトが可能
- これをYAMAHA Rio(I/Oラック)とCL5(デジタルミキサー)で受けることで、出力先を自由にルーティングしながら音量まで細かく制御できる
この構成であれば、「12箇所以上の場所から、別々の音の高さ・音色を、それぞれ音量を調整しながら鳴らす」という要件に現実的に応えられます。

配置:舞台裏と客席に、立体的に鳴らす
楽譜が求める距離感は、音を1か所からではなく空間のあちこちから鳴らすことで作りました。
- 舞台裏(袖中)の上手・中央・下手の3か所にスピーカーを仕込む
- 客席側も、音色や音の高さごとに違うスピーカー(シーリング・ウォール・プロセニアム)へ個別に送る
- 結果として音が上から・横から・後ろから聞こえ、擬似的な立体音響と奥行きが生まれる
どの音色をどのスピーカーから出すかは、1つずつ対応させた出力リストを作成して管理しています。大砲1・2、教会の鐘(遠い・普通・近い)といった音色ごとに、送り先のスピーカーを割り当てました。


本番:オペラならではの集音と、2系統での録音
音を鳴らす設計と並行して、公演の録音も行っています。オペラの演奏会形式では、通常のオーケストラ録音のマイクに加えて、次の集音を追加しました。
- 舞台上を動くソリストを的確に捉えるマイク
- 袖中で歌う場面のためのマイク
- 舞台裏で演奏する打楽器(バンダ)の集音
- 2階席の合唱の集音

本番の録音は2系統で行いました。理由はシンプルで、万が一どちらか一方が停止しても、もう一方が残るようにするためです。一度きりの本番で録り逃しは許されません。こうした冗長化はコンサート録音では欠かせない備えです。

仕上げ:ミックス・マスタリングして納品
録音したデータはフルハウスのスタジオへ持ち帰り、ミックス(各マイクの音のバランスを整える)とマスタリング(最終的な音圧・音質を仕上げる)を行いました。最終的にCDとオーディオファイルの形で楽団へ納品しています。

今回フルハウスが担当した範囲
| 工程 | 内容 |
|---|---|
| 音響設計 | 楽譜の指定にもとづくスピーカー配置計画、システム図・出力リストの作成 |
| サンプリング音源制作 | 大砲・教会の鐘のサンプル音の選定と制作、音の高さごとのマッピング |
| 機材持込・仕込み | MacBook / Logic Pro / MTRX Studio、舞台裏スピーカー、Dante回線 |
| 本番オペレート | 楽譜に沿った大砲・鐘の再生、送り先ごとの音量調整 |
| コンサート録音 | オーケストラ・ソリスト・バンダ・合唱の集音、2系統でのマルチトラック録音 |
| ミックス/マスタリング | スタジオでの仕上げ |
| 納品 | CD・オーディオファイル |
こうして並べてみると、「録音」のひとことの前後に、音響設計・サンプル音源の制作・立体的な出音・冗長化した収録・ミックス/マスタリングと、多くの工程が積み重なっていることがわかると思います。
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フルハウスでは、こうしたオーケストラ・クラシックコンサートの録音や、公演の音響設計・PA音響を日々行っています。
今回のように「楽譜のこの指定をどう再現するか」といったご相談も承っています。













